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長崎地方裁判所 昭和31年(ワ)44号 判決

原告 高宮鋼業株式会社

右代表者 高宮明

右代理人弁護士 古賀野茂見

被告 山浦克己

主文

一、被告は、原告に対し、金百五十七万千二百五十六円及び内金百五十六万六千二百八十四円に対する昭和二十八年九月九日から、その支払済に至るまでの年六分の割合による金員並に内金四千九百七十二円に対する昭和三十一年二月四日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

二、原告のその余の請求は、之を棄却する。

三、訴訟費用は、之を十分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

四、本判決は、原告に於て、金四十万円の担保を供するときは、第一項に限り仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告は、

被告は、原告に対し、金百五十七万千二百五十六円及び内金百五十六万六千二百八十四円に対する昭和二十八年八月二十日から、内金四千九百七十二円に対する昭和三十一年二月四日から夫々、その支払済に至るまでの年六分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、漁業資材等の販売を業とする会社である。

二、原告は、訴外株式会社互恵連社に対し、昭和二十七年十月四日から昭和二十八年五月二十一日までの間に、多数回に亘つて、ロープ等を売渡し、(その代金総額は合計金二百十八万二千二百二十四円)昭和二十八年八月十七日現在に於て金百五十六万六千二百八十四円の未払代金債権(全額弁済期到来して居るもの)を有して居たが、その支払がなかつたので、同日、長崎簡易裁判所に対し、支払命令の申請を為し、(同裁判所昭和二十八年(ロ)第九一七号)、同日同裁判所は、前記訴外会社に対し、金百五十六万六千二百八十四円及び之に対する支払命令送達の翌日からその支払済に至るまでの年六分の割合による金員並に督促手続費用金四千九百七十二円(円未満切捨)を原告に支払うべきことを命ずる旨の支払命令を発し、その命令は、右訴外会社に送達されたが異議の申立がなかつたので、仮執行宣言の申立を為し、同裁判所は、同年九月八日、右支払命令に対し、仮執行の宣言を為し、その宣言附支払命令はその頃被告に送達されたが、異議の申立がなかつたので、右仮執行宣言附支払命令は、同月二十四日頃、確定するに至つた。従つて、原告は、右訴外会社に対し、確定した仮執行宣言附支払命令に基く、金百五十六万六千二百八十四円の売掛代金残額債権及び右金額に対する支払命令送達の翌日からその支払済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金債権、並に金四千九百七十二円の督促手続費用債権を有する。

三、然るところ、被告は、昭和二十八年十二月三十一日、原告に対し、前記訴外会社が支払不能の状態に陥つた場合に於ては被告に於て、右訴外会社の原告に対する前記債務を引受け、その支払を為す旨を約し、右債務について、停止条件附重畳的債務の引受を為した。

四、その後、昭和二十九年十月頃に至り、前記訴外会社は、支払不能の状態に陥つたので、右債務の引受はその効力を生じたに拘らず、被告は、その債務の支払をしない。

五、仍て、被告に対し、金百五十六万六千二百八十四円及び之に対する支払命令送達後の昭和二十八年八月二十日からその支払済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金並に金四千九百七十二円及び之に対する本件訴状送達の翌日たる昭和三十一年二月四日からその支払済に至るまでの商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求める為め本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

被告の主張を争い、

立証として、

甲第一号証の一乃至三、第二、三号証を提出し、

証人三浦太一の証言並に原告代表者尋問の結果を援用した。

被告は、

原告の請求を棄却する、控訴費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として

一、原告主張の請求原因第一、二項の事実は、之を認める。

二、被告が、訴外株式会社互恵連社の原告に対する原告主張の債務について、その主張の債務引受を為した事実は、之を否認する。

三、仮に、原告との間に、その主張の債務引受契約が成立したとしても、それは、原告から、原告会社の経理検査が支障なく行われる為めに必要であるから、形を整える意味で、形式的に債務の引受を為したことにされ度い旨の懇請があつたのでそれを承諾し、右契約を締結したことにしたに過ぎないものであるから、右引受契約は通謀による虚偽の意思表示に基くものであつて、無効である。従つて、原告の請求に応ずべき義務はない。

と述べ、

立証として、

証人水野重雄の証言を援用し、

甲号各証の成立を認め、

尚、甲第二号証は、答弁第三項に於て主張の事情に基き原告から形式的に差入れられ度き旨の懇請があつた為め、之を承諾し、形を整える意味で、単に、形式的に差入れたに過ぎないものであるから、原告主張の債務引受の事実を証明し得る様な証拠力は有しないものである。

と附陳した。

当裁判所は、

職権で被告本人の尋問を為した。

理由

一、原告主張の請求原因第二項の事実は、当事者間に争がない。

二、被告が、原告主張の日に、原告との間に於て、訴外株式会社互恵連社の、原告に対する、原告主張の債務について、その主張の契約を締結し、その主張の債務引受を為したことは、証人三浦太一の証言、並に原告代表者尋問の結果、及び成立に争のない甲第二号証を綜合して、之を肯認することが出来る。

右認定に反する被告本人尋問の結果並に証人水野重雄の証言は、前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。(尚、甲第二号証に対する被告の主張については、被告本人尋問の結果中に、その趣旨に副う様な供述部分があるのであるがその部分は、前顕証人の証言並に原告代表者尋問の結果に照し措信し難く、他にその主張の事実を認め得るに足りる証拠がないので被告の右主張は、之を排斥せざるを得ない。)

三、被告が、その答弁第三項に於て主張する事実については、被告本人尋問の結果中に、その趣旨に符合する様な供述部分があるのであるが、その部分は、前顕各証拠に照し措信し難く、又証人水野重雄の証言によつては、右事実を認定するに足らないのであつて、他にその主張事実を認めるに足りる証拠がないので、被告がその答弁第三項に於て為して居る主張は、之を排斥する。

四、而して、証人三浦太一、同水野重雄の各証言並に被告本人尋問の結果を綜合すると、前記訴外会社は、昭和二十九年中から、若しくは、遅くとも翌三十年初頃から支払不能の状態に陥つて居たと認められるので、前記認定の債務引受契約は、その頃、その条件が成就しその効力が発生したものと言わなければならない。

五、そうすると、原告が、被告に対し、その引受を為した前記債務について、その支払を求める権利を有することは、多言を要しないところである。

尤も、支払命令が、原告主張の日の前日までに被告に送達されたことは、原告に於て、立証しないところであるから、その主張の日を以て、支払命令送達の日の翌日であると言うことは出来ないのであるが、成立に争のない甲第一号証の二によると、昭和二十八年九月八日に支払命令に対し、仮執行の宣言の為されたことが明白であるから、少くとも、同日までには、支払命令は、被告に送達されて居ると言うことが出来るから、支払命令送達の日の翌日は、その日の翌日たる昭和二十八年九月九日であると認定する。従つて、金百五十六万六千二百八十四円に対する遅延損害金の請求は、右の日以降の分は正当であるが、その余の分は失当たるを免れない。

又督促手続費用債務(金四千九百七十二円の支払債務)は、一種の金銭債務であると解せられるから、債務不履行の事実がある限り、遅延損害金の支払を求め得るのであるが、訴訟上の費用債務は、仮令、商行為に基き発生した権利の行使によつて生じたものであるとしても、商行為に基くものとは言い難いから、一般の原則に従つて民法の支配に服するものと言うべく、従つて、遅延損害金は商事法定利率によるべきではなく、民法上の法定利率によるべきものである。而して債務引受契約によつては、債務の性質に変更を生じないのであるから、仮令、商人との間に、引受契約が為されたとしても、訴訟上の費用債務が商事債務に変化することはあり得ないところであると言わなければならない。

本件原告が商人であることは、当事者間に争がなく、又本件費用債務が商行為に基き発生した権利の行使によつて生じたものであることは、当事者間に争のない事実に徴し明白であるが、これ等の事実があつたとて、右債務が商事債務となることのないことは、前記理由によつて明かであり、又、商人たる原告との引受契約によつて引受の為された右債務が、之によつて、その債務の性質に変化を来すことのないことも、前記理由によつて明かであるから、本件費用債務については、遅延損害金は、民法上の法定利率即ち年五分の割合によるべきものである。従つて、本件費用債務に対する遅延損害金の請求は、年五分の割合による限度に於て正当であるが、その余は、失当たるを免れない。

更に、訴訟上の費用債務は、その支払を命ずる裁判の確定によつて、弁済期が到来すると解せられるから、本件費用債務は、仮執行宣言附支払命令の確定によつて、弁済期が到来したと言うべく、従つて、その確定後に提起された本訴の訴状が被告に送達された日であることが記録上明かな昭和三十一年二月三日の翌日即ち同月四日から、本件費用債務について、遅延損害金の支払を求め得ること勿論である。

六、尚、本件債務の引受は、確定した仮執行宣言附支払命令に基く債務の引受ではあるが、(この点は前記認定事実によつて明白である)、その既判力は、引受人たる被告には及ばない。何となれば、重畳的債務の引受は、債権者と新債務者との間に於て、一方の債務が消滅すれば、他方の債務も亦消滅に帰すると言う相関関係を設定して、新債務を基本債務に附加することを相互に承認の上、為される基本債務と同一内容の債務(但し基本債務とは別の)を負担する新な(独立した一個の)契約に基くものであつて、(斯るが故に添加的債務の引受と言われる所以であつて、連帯債務と類似の法律関係が発生する次第である。)(基本債務の存在を必要とすることは勿論であるが。)、基本債務を承継するもの(契約に基くもの)ではないからである。(免責的債務の引受は、債務の承継があると言い得るから、重畳的債務引受の場合と異なり、既判力が及ぶと解せられる。)(重畳的債務引受の場合にも既判力が及ぶとする説があるが、この説には従うことを得ない。)

従つて、確定した仮執行宣言附支払命令の存することは、本件原告の請求を認容する妨げとはならない。

仮に、引受人に対し、既判力が及ぶとしても、被告に於て、引受の事実を争う限り、之を確定して、債務名義を得ることによつて、原告は、法律上の利益を有するから、右の様に解してもなお、確定の仮執行宣言附支払命令の存することは本件原告の請求を認容する妨げとはならない。

又、甲第三号証によると、原告と前記訴外会社との間の前記債務(本件引受債務の基本債務)(但し、未払代金債務のみについて)は、昭和二十九年九月二十九日作成の公正証書によつて準消費貸借債務に改められて居ることが明かであるが、之によつて(基本債務と同一性あることは同号証の記載によつて明白である)、基本債務が消滅に帰したのではないから、それが準消費貸借債務に改められた事実があつたとて、本件引受債務については何等の影響も及ぼすものではない。従つて、その事実の存在は、本件原告の請求を認容する妨げとはならない。

七、仍て、原告の本訴請求中、金百五十六万六千二百八十四円及び之に対する昭和二十八年九月九日からその支払済に至るまでの年六分の割合による金員の支払を求める部分、並に金四千九百七十二円及び之に対する昭和三十一年二月四日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員の支払を求める部分は、正当であるから、之を認容し、その余の部分は失当であるから、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を、各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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